薬指の標本 (2004年)

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 小川洋子の同名小説をフランスの女流監督ディアーヌ・ベルトランが映画化した静謐な愛の寓話。数年前に原作を読んだときの艶っぽさは記憶していたけれど、ここまでエロチックな要素がふんだんだったとは。男と女を描いたら右に出るもののないフランスの感性が、標本室の情事をさらなるエロスの世界へと昇華させていた。
(あらすじ) 働いている工場で誤って薬指の先を失ったイリスは、仕事を辞め、知人のいない港町へと引っ越してきた。やがて標本室の助手として働き始めた彼女は、ある日、標本技師から一足の靴をプレゼントされる。「毎日この靴をはいてほしい」そう言われるまま、イリスはあまりにもぴったりな靴とミステリアスな技師の虜となっていく――。

d0235336_5263279.jpg数年前、ブログに書いた原作の感想は以下のよう。


   静謐という言葉がよく似合う。小説の中では穏やかじゃないことが起こっているのに、流れている空気は透明で穏やかだ。博物館並みの静けさと、幾重にも重なる、乾いた甘い出来事。それが妙に艶っぽいから惹かれてしまう。文体や世界観がどことなく似ている川上弘美さんとの大きな違いは、川上さんが和なのに対して、小川さんが徹底した洋だということかしら・・・・・・・・靴はなにを含んでいたんだろう。恋愛をすれば多かれ少なかれ生まれる束縛か。足かせのように、確実に"わたし"の心を捉えてしまった。標本室へ思い出の品を持ち込む行為を、弟子丸氏は"わたし"にも経験してほしいと望む。それはイタミを知った、より弟子丸氏に相応しい相手となる儀式のようだった。"わたし" が失ってしまった薬指を持ち込めば、きっと弟子丸氏は受け入れてくれる。イタミを知った者だけが通ることのできる、廊下の奥の扉の向こう、標本技術室にはきっと幸せがあるような気がした。

うーん、映画を観て改めて原作を読むと、"わたし"が未だ足を踏み入れたことのない標本技術室に、手放しの「幸せ」はない気がする。前任者の娘たちや火傷の少女が消えた理由、もっとミステリアスなものがそこにはある。乱暴に言ってしまうと、標本技師は倒錯的かもしれないし、原作の限りでは犯罪の匂いはしないけれど、フランス映画版はほんのりダークさが残る。

博物館好き、標本好きとしては、この物語はたまらなく魅力的。これまで抱いてきた標本の概念を覆して、あってほしい、もしかしたらどこかに本当にあるのかもしれない標本室を妄想させるから。囚われて捨てられない過去を保管しておいてくれる場所。小川洋子さんの知的な発想がステキだ。

d0235336_524790.jpg映画になって、舞台がフランスに変わったことで細部はいろいろ変化しているけれど、おおよそは原作のとおりだった。
一番の脚色は、消耗しきったイリスが港町に辿り着いて、落ち着くホテルの一室。空室がなく、ある夜勤の青年の部屋をあてがわれて、そのまま昼夜入れ違っての共同生活がはじまる。互いに顔を合わせることは稀で、稀だからこそ気になり、仄かなサブ・ラブストーリが生まれる設定。

とうぜん原作には敵わないけれど、映像となると、フランス映画独特の配色が最高似合っていて、イリスの洋服はいつも可愛く、古物が集められたセットはとてつもなく魅力的だった。標本室の空気感なんかたまらない。そこで描かれるのは、原作の粛々とした情事ではなく、R指定のエロチックな中年おやじとの情事であるのがお国柄というべきか。
本作がデビュー作のスーパーモデル、オルガ・キュリレンコはかわいらしく、暑さでいつも汗をかいていて、なんだか妙に色っぽい。反面、技師役のフランス人俳優マルク・バルベは、原作で抱いた痩身寡黙な紳士"弟子丸氏"(名前もよい)のイメージとかけ離れていてやや残念。

(100min)

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by haru733 | 2012-04-14 08:21 | フランス映画 | Comments(0)


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